スタイル

基本的なスタイルは、太鼓を横にして台の上に乗せて叩く、「横打ち」の「両面打ち」です。

これは、全国的にも数の少ない打法で、

太鼓の両面を上拍子と下拍子とに分かれて打ち、小倉祇園太鼓や、

八丈太鼓を代表とする打ち方です。

 

下拍子の一定のリズムにあわせて、上拍子が自由奔放にたたく八丈太鼓にならい、基本パターンを覚えたら、あとは、創作し、先輩の技を習い、自由に組み立ててゆきます。

下拍子

下拍子のリズムは、ドンドコ(ドンドラ)とシャバタキの2種類あります。

 

ドンドコは、右2回、左1回を、ドンドコドンドコと叩き、最も基本となるリズムです。
ドンドコの上拍子は、まず足は軽く開き、左足を半歩前に出し、

バチを右肩の上に大きく構えて叩き始めます。

 

よくある太鼓のスタイルのように、足を大きく開き、腰を落として叩く形にはしません。

これは、八丈太鼓の打法の中で、「おんな太鼓」とも呼ばれる女性が着物姿で叩く時のスタイルから来ています。(おかえ太鼓)

www008.upp.so-net.ne.jp/kazumi-a/rekisi.htm

また、基本的な打ち方として、太鼓を叩いた後の腕の振りは太鼓の面から下には下げません。

 

シャバタキの下拍子は、右、左を交互に同じ間隔で叩き、

ドコドコドコドコというリズムになります。

ドンドコと大きく違うところは、バチを太鼓の面に対して寝かせ、

そして、太鼓の面を押さえるようにして叩く打ち方で、

音的にはまさに、シャバタキ,シャバタキという感じになります。
シャバタキの上拍子も、バチは寝かせ、太鼓の面を押さえつけるように叩きます。


足の位置は、ドンドラよりも多少揃えますが、

強くたたくときには広げ気味にすることがあります。

 

ドンドコが迎える太鼓だとすれば、

シャバタキのノリは、軽快に踊り込む太鼓とたとえることができるでしょう。

その他

そのほかのスタイルとしては

「置き太鼓」、「二つ太鼓」、「スウィッチ」

などと呼んでいる太鼓があります。

 

「置き太鼓」は「平打ち」と呼ばれる打法で、太鼓の面を上にして打ち下ろす方法です。

小笠原太鼓同好会では、二尺の長胴太鼓を、政治師匠手作りの台の上に置き、打ちおろします。

これを、3人、4人でゆっくり回りながら叩き、「回り太鼓」と呼んでいます。

 

二つ太鼓」は、二台の太鼓を、面と面を向い合せにして置き、

間に上拍子が入り、外側の面に下拍子が入る3人太鼓です。

3人の息が合わないとできません。

 

「スウィツチ」は、最近本格的に習い始めた打法で、

上拍子と下拍子が絶妙なタイミングで入れ替わります。

はじめて見る人には、上も下もわからないと思いますが、

太鼓の経験者が一目見れば、度肝を抜かれること請け合いです。

 

 

これらすべての打法は、先にも述べたように、基本パターンを覚えたら、

自分たちの創作で演奏します。

楽譜等はありません。

八丈太鼓がベースになっているとはいえ、政治師匠の創作のフレーズがほとんどです。

その数あるフレーズを自由に組み合わせて自分の太鼓を作っていきます。

 

例えば「スウィッチ」では、上拍子と下拍子がスウィッチするとき、

政治師匠は初め、足の位置の移動を合図としていましたが、

息の合ったベテランは、フレーズや、音の強弱でスウィッチしてしまいます。

歌付の小笠原太鼓

そして、もう一つのスタイルとして歌が入るものもあります。
これも、八丈太鼓の習いですが、

故「タコの木」の親父さんの渋い美声以来、歌い手が見つからず、

おあずけとなっている太鼓です。
古くは「つがる節」といい

 

 「 太鼓たたいて人様よせてな わしも逢いたい方があるよな 」

 

と、哀愁を帯びた歌と太鼓を組み合わせて披露します。
太鼓を軒下の梁にぶら下げて、両面打ちの太鼓を軽やかに叩き、

その太鼓の胴の部分を歌い手が押さえて、唄い始めると聞きました。

 

 「 三根倉の坂 坂真ん中で 出船ながめて 袖しぼるよ」と。

 

 

母島ではこんな歌詞になっています。

 

 「 乳房山には 霞がかかるよなぉ わしもあの娘にゃ 気がかかるよな 」
 「 父を離れてなぁ こりゃ わんとねをこえてなぁ 行けば母島 情け島よねぇ 」

 

そして最後に、

 

 「 きたまた きたまた 太鼓の音だよ

   その手を かわさず 打ちやれ 切やれ
   ハァ ソレソレソレソレ~ 」

 

と、なります。

スタイルから

 太鼓の打法の中に、両手のバチを左右に振って打ち鳴らす「切り返し」というものが

ありますが、剣道の「切り返し」から来ているようです。
そしてこの「つがる節」という歌があり、

小倉祇園太鼓の両面打ちがあるとなれば、
全国から来た江戸詰めの武士たちが、何らかの罪で流人となり、

八丈島で心の内を太鼓に込めた情景が浮かんできます。

 

八丈太鼓から頂いたスタイルを、

今、私たちは、政治師匠の下、小笠原太鼓として、

新しい息吹きに生れ変えらそうとしています。

暖かいご声援をお願いいたします。